監修者
大阪谷 彰

【監修者プロフィール】

京都大学大学院(建築学専攻)修了後、大手ゼネコンに入社。建築現場で実務を積んだ後、組織の安全・環境管理などを歴任。現場のリアルと高度な専門知識を併せ持つ安全衛生のスペシャリスト。

【保有資格】一級建築士、技術士(総合技術監理、建設環境)

毎日の朝礼で「安全第一」のスローガンを唱和しているのに、現場の油断やヒヤリハットが減らないと悩んでいませんか。実は、言葉が右から左へ聞き流される背景には、人間の「心のメカニズム」が関係しています。


▼現場の安全について、参考記事をご紹介。以下も是非ご覧ください。▼

なぜ「安全第一」は右から左へ聞き流されてしまうのか?

「今日も一日、安全第一でがんばろう!」と声を張り上げても、現場の作業員たちの表情がどこか上の空に見える。そんな経験を持つ安全衛生担当者様は少なくありません。安全のための大切な言葉が聞き流されてしまうのはなぜでしょうか。

最大の理由は、人間が持つ「慣れ」にあります。心理学では、同じ刺激を繰り返し受け続けると、脳がそれを「重要度の低い情報(背景の音や景色)」として処理してしまう現象があります。毎日見慣れた景色にある看板や、毎日流れるチャイムの音をいちいち意識しないのと同じです。つまり、スローガンが職場の景色の一部になってしまっているのです。

さらに、人間には「自分だけは事故に遭わないだろう」と都合よく思い込む「正常性バイアス」という心理傾向が備わっています。この心理が働くと、「安全第一」という言葉を頭では理解していても、「それは大きな事故の話で、今日の自分の作業には関係ない」と、無意識のうちに他人事として捉えてしまいます。

スローガン自体が悪いのではありません。毎日同じ言葉を同じ形式で繰り返すことで、現場のメンバーの心が知らず知らずのうちに言葉を拒絶し、右から左へ聞き流す状態が作られてしまっているのです。

現場の態度を変える!スローガンを「自分ごと」にする2つの心理

では、聞き流されてしまうスローガンを、現場の一人ひとりが「本気」で意識する言葉に変えるにはどうすればよいのでしょうか。人間の心の動きを利用した、2つの効果的な心理学的アプローチをご紹介します。

1つ目は、「カクテルパーティー効果」の応用です。これは、騒がしいパーティー会場であっても、自分の名前や興味のある話題は自然と耳に飛び込んでくるという心理現象です。全体に向けられた「全員、安全第一」という大雑把な呼びかけは耳に残りませんが、対象を絞り込むと途端に意識が向くようになります。

例えば、「〇〇さん、今日の高所作業は特に安全第一で頼むよ」「今週のクレーン作業は安全第一を徹底しよう」というように、特定の「人」や「具体的な作業」に紐づけてスローガンを発信します。「これは自分のことだ」と脳に認識させることが、聞き流しを防ぐ第一歩です。

2つ目は、「コミットメントと一貫性の原理」の活用です。人間は「他人に宣言したことや、自分で口にした行動は、最後まで一貫して守り通したい」という強い心理を共通して持っています。ただスローガンを全員で一斉に唱和するだけでは、この心理は働きません。

そこで、朝礼の際に一歩踏み込み、「スローガンを守るために、私は今日〇〇を徹底します」と、一人ずつ具体的な行動を10秒で宣言してもらう時間を設けます。「足元を確認してから段差を降りる」「保護具の二重チェックをする」など、自分で口にした具体的な約束は、その日の作業中の態度を縛る強力な心理的ブレーキになってくれます。

形だけで終わらせない!今日から担当者ができる3つのステップ

現場の安全意識を本気にさせ、行動(態度)を変えていくために、安全衛生担当者様が今日から現場で実践できる具体的なアクションプランを3つのステップで解説します。

ステップ1:「見せる」から「考えさせる」へ問いかけを変える

掲示板のスローガンをただ指差し確認させるのではなく、時には「我が社のスローガンにある『安全』って、具体的にどういう状態のことだと思う?」とメンバーに直接問いかけてみてください。自分の頭で意味を言語化させることが、形骸化を防ぐ強力なトリガーになります。

ステップ2:定期的な「プチ変化」で脳の慣れを防ぐ

毎日同じ場所に同じように貼ってあるスローガンは、脳にとって「景色」になります。これを防ぐために、あえて掲示する場所を定期的に変えたり、文字の色や用紙の背景色を変えたり、文字のフォントを大きく変更したりしてみてください。「あれ、何かが違うぞ」と脳に違和感を与えることで、再び言葉に注目が集まるようになります。

ステップ3:スローガン通りの行動を具体的に褒める

安全衛生の巡視や声かけの際、スローガンを意識した安全な態度(丁寧な指差し呼称や、整理整頓など)を見せたメンバーを見つけたら、その場で具体的に褒めてください。「スローガンを守る行動は評価されるのだ」というポジティブな実感が、現場全体の安全態度をより強固なものへと育てていきます。

この3つのステップは、どれか一つを単発で行うより、継続的に組み合わせることで効果が高まります。まずはできるところから取り入れ、現場のリズムに合わせて習慣化していきましょう。

監修者のまとめ

私が建築現場の安全衛生担当として長年携わる中で痛感したのは、「言葉は量より質」だということです。

ある大規模な改修工事の現場で、毎朝スローガンを唱和しているにもかかわらず、ヒヤリハット報告が月に十数件も上がり続けたことがありました。

原因を調べると、作業員たちはスローガンを「会社のお決まり文句」として完全に習慣化してしまっており、内容を頭で処理せずに口だけが動いている状態でした。

そこで私が実践したのが、朝礼でのスローガン唱和の後に「今日の自分の作業で一番気をつけることを一言で言ってください」と全員に順番に発言してもらう取り組みです。

最初は戸惑いの声もありましたが、一週間もすると作業員たちが自分の作業を前日から意識するようになり、ヒヤリハット件数は翌月から半減しました。

スローガンは「唱えるもの」から「考えるきっかけ」に変えたとき、初めて現場に根づきます。本記事でご紹介した心理学的アプローチと3つのステップが、皆さんの現場での安全活動の一助となれば幸いです。