安全管理の現場では「長年の勘」は大変重要視されます。ただ、それだけでは防げない事故も現場には多く潜んでいます。重大災害を未然に防ぐには、経験則だけでなく根拠として周知されている理論を知ることも重要だと言えます。

▼現場の安全について、参考記事をご紹介。以下も是非ご覧ください。▼



1対300の予兆を防ぐ現場管理

安全管理において最も有名な指標の一つが「ハインリッヒの法則」です。これは1件の重大な事故が発生した背景には、29件の軽微な事故があり、さらにその裏には300件もの「ヒヤリハット(事故には至らなかったが、ヒヤリとした出来事)」が隠れているという統計的法則を指します。

多くの現場では、重大な事故が起きた際には徹底的な原因究明が行われます。しかし、成果を出し続ける安全衛生担当者が注目すべきは、氷山の一角である「1」ではなく、水面下に沈んでいる「300」の予兆です。

この300件のヒヤリハットをどれだけ早期に吸い上げ、対策を打てるかが、重大災害をゼロにするための分かれ道となります。

しかし、現場の作業員にとってヒヤリハットの報告は「自分のミスを露呈する」という心理的負担になりがちです。報告を単なるノルマにするのではなく、隠れたリスクを見つけ出した貢献として評価する文化が必要です。

経験則を個人の記憶に留めず、組織のデータとして蓄積することをこころがけ、「予兆を逃さない体制」を構築しましょう。

では、具体的にどのような取り組みが有効なのでしょうか。以下に現場で実践しやすいポイントを挙げます。

①報告書のフォーマットを簡略化し、報告漏れを防ぐ仕組みを導入する。

②「誰がやったか」を追及するのではなく、「何が原因か」に集中するよう現場周知と雰囲気を作る。

③収集したヒヤリハット事例を分析し、類似作業が発生する前に朝礼などで共有する場を設ける。

④報告件数が多い部署に対し、安全意識が高い組織としてポジティブなフィードバックを行う。(表彰など)


これらの取り組みに共通するのは、「報告しやすい環境をつくる」という視点です。ヒヤリハットの情報が組織全体に行き渡ることで、同じ危険が別の場所で繰り返されることを防ぐことができます。

まずは一つでも実践できるものから取り入れ、報告を歓迎する現場の文化づくりを進めていきましょう。

連鎖を断つ!不安全行動の除去

事故の発生プロセスを論理的に解き明かすのが「ドミノ理論」です。これは、事故という現象は


1.「遺伝や環境」
2.「個人の欠陥」
3.「不安全行動・不安全状態」
4.「事故」

5.「負傷」


という5つの駒が順番に倒れることで発生するという考え方です。安全管理の目的は、この倒れゆくドミノの列をどこかで遮断することにあります。

5つの駒の中で、安全衛生担当者が最も直接的に介入し、効果を上げられるのが、3番目の駒である3.「不安全行動」と「不安全状態」の除去です。多くの労働災害は、設備の不備(不安全状態)と、作業者のルール逸脱や不注意(不安全行動)が重なった瞬間に発生します。

この3番目のドミノを抜き取ることさえできれば、その先に待つ事故や負傷という結果を物理的に防ぐことが可能になります。

特に、ベテラン作業員ほど経験則から「いつもこのやり方で大丈夫だから」と、無意識に不安全行動を選択してしまう傾向があります。これを個人の意識の問題として片付けるのではなく、ドミノを倒さないための意識変革とルールづくりは大変重要です。

不安全行動・不安全状態を現場から取り除くために、次のような対策を実施することが求められます。

①現場巡視の際、設備的な欠陥(不安全状態)を見つけ次第、即座に修理・改善を行う。

②決められた手順が守りにくいものでないか、作業者の意見を聞きながらマニュアルを最適化する。

③物理的なガードの設置やインターロックの導入など、人の注意に頼らないフールプルーフの導入を積極的に検討する。

④不安全行動が発見された場合、背景にある時間的プレッシャーや心理的要因を本人にヒアリングし、根本解決を目指す。

⑤定期的な安全教育を通じて、どのような行動がどのドミノに該当するかを作業者自身が客観視できるようにする。

これらの対策は、設備面・ルール面・人の意識面という三つの角度から不安全要因にアプローチするものです。どれか一つに偏るのではなく、ハード面とソフト面を組み合わせて取り組むことが、ドミノの連鎖を確実に断ち切るための鍵となります。

「気をつけなさい」という声かけだけで終わらせず、仕組みそのものを見直す姿勢が重要です。

監修者のまとめ

ハインリッヒの法則とドミノ理論、この二つの理論に共通して言えることは、「重大事故は突然起きるのではなく、必ず予兆がある」という点です。私が現場で安全管理に携わってきた中で、この事実を痛感した出来事があります。

ある建築現場での安全パトロールを定期的に実施していた時期のことです。点検のチェックリストは毎回きれいに記入されているにもかかわらず、軽微なケガが繰り返し発生していました。不審に思い作業員に個別に話を聞いてみると、「手順通りにやると時間がかかるので、慣れた方法でやっていた」という声が複数出てきました。

マニュアルの手順自体が現場の実態に合っておらず、ベテランほど無意識に不安全行動を取らざるを得ない状況になっていたのです。

その後、作業員の意見を取り入れてマニュアルを見直し、手順を現場に即した形に改定しました。結果として不安全行動の報告件数が増え、同時にケガの発生件数は大きく減少しました。

理論を「知っている」だけでは安全は守れません。現場の一人ひとりが予兆を自分ごととして捉え、声を上げやすい環境をつくること、それこそが、経験則を真の成果へと変える安全管理の要諦だと考えます。

監修者
大阪谷 彰

【監修者プロフィール】

大阪府出身。京都大学大学院(建築学専攻)修了後、大手ゼネコンに入社。建築現場の施工管理から設備設計まで幅広く従事し、現場の最前線で実務を積む。その後、環境ISOの取得支援や環境技術の開発・マネジメントなど、組織の安全・環境管理における多角的な業務を歴任。現場のリアルと高度な専門知識を併せ持つ安全衛生のスペシャリスト。

【保有資格】

一級建築士、技術士(総合技術監理、建設環境)